近年、新たな事業立ち上げのためにイントレプレナーを育成している企業が増えています。しかし、イントレプレナーを育成していくメリット・デメリットが分からない担当者もいるでしょう。
そこでこの記事では、社内起業家という意味を持つイントレプレナーの概要や魅力、また育成する方法について解説していきます。イントレプレナーの社内育成を考えている方向けに成功事例やおすすめの書籍も紹介しているので、ぜひ参考にしてください。
イントレプレナーとは社内起業家のこと
イントレプレナーとは、社内企業家を指します。従来、企業が展開している業務やプロジェクトは、決定権の多くを企業のトップ(経営者)が持っています。ただし、経営者は企業全体を網羅的に知る必要があるため、実務における状況を細部まで把握できません。
そこで、新たなプロジェクトや事業を立ち上げるときに実務経験が豊富であり、また現場や実務の課題を詳細に把握している社員をリーダーとして抜擢します。イントレプレナーを設けることにより優秀な社員の離職率を下げ、新しい知識や考え方を持つプロジェクトや事業の展開が期待されています。
イントレプレナーとアントレプレナーの違い
イントレプレナーとは別に、アントレプレナーという言葉があるのをご存じでしょうか。これは、イントレプレナー(社内起業家)とは異なる意味を持ち、企業の手を離れてゼロから会社・プロジェクトを立ち上げる人を指します。
つまり、アントレプレナーは一般的な起業家と同じです。アントレプレナーは社会経験の中で培ってきた知識や技術を活かしつつ、新たな会社立ち上げに力を入れる必要があります。
イントレプレナーのような企業側からのバックアップはなく、資金調達や事業運営をすべて自分で行わなければなりません。
イントレプレナーが注目されている背景
新規事業立ち上げを率先して行うイントレプレナーは、どのような背景で注目されるようになったのでしょうか。
幅広い業種に当てはまるビジネス環境の変化を主軸として、2つの背景を紹介していきます。
日本企業が陥った大企業病
現代の日本企業の多くは「大企業病」に感染しているといわれています。大企業病とは、過去の高度経済成長期の体験を捨て切ることができず、新たなチャレンジよりも現状維持を優先する姿勢ことです。
大企業病は積極性を持って活動しようとする若手社員や優秀な社員を抑圧する結果となり、企業の事業縮小を加速します。企業に新たな風を呼び込むため、イントレプレナーを育成し能動的な事業活動を行う取り組みが注目されはじめました。
ビジネスモデルの多様化
昨今はAI技術やIT技術が活用されるようになり、ビジネスモデルの多様化が進んでいます。その結果、かつての「作れば売れる」というビジネス状況から「ニーズを分析しなければ売れない」状況が生まれました。
また、企業のグローバル化やサービスのクラウド化など、インターネットを通じたサービス提供のニーズが高まっています。
このことから企業は従来の業務だけではなく、多様化したビジネスへの柔軟な対応が求められるようになっているのです。とくに新規事業立ち上げや新規プロジェクトの立案など「生き残る術」を検討する必要がでてきています。
イントレプレナーを育成するには
イントレプレナーを育成するためには、社員に事業立ち上げの知識やノウハウを学ばせる必要があります。例えば、次に示す訓練やイベントを自社で行い、イントレプレナーの能力を開花させる必要があるのです。
- コンペ・コンテストの開催
- 各部署を定期移動し業務ノウハウを学ぶ
- 外部から教育支援を受ける
初めから事業立ち上げに関する能力や知識を持っている社員は少ないです。イントレプレナーを育てていくためには、教育や気付きなど社員を成長させる「きっかけづくり」が重要となることを覚えておきましょう。
イントレプレナーに欠かせない5つの資質
イントレプレナーの社内育成を行う際には、事業立ち上げに必要な資質を持つ人材を育てる必要があります。
資質を持つ社員を見つけ育て上げるために、どのような教育やきっかけづくりを行うべきでしょうか。教育方針などを固めていく材料として、イントレプレナーに欠かせない5つの資質を紹介していきます。
1.幅広い視野
イントレプレナーとして率先しながら動いてくれる人材を育てるためには、事業全体を俯瞰的な位置から検討する力を習得させることが大切です。現代のニーズ分析はもちろん、自社にとって導入しやすい事業や必要な事業を判断させる必要があります。
事業立ち上げの際には情報収集力や分析力も求められるので、広い視野を持つ人材の確保が必要でしょう。
2.構想力
構想力とは、収集した情報をもとに事業の切り口を見出していくために必要な能力のことです。
ひとつの構想に縛られてしまうと事業計画がとん挫する場合があるため、複数の構想を考え検討できる人材を育てることが大切です。
様々な要素を取り入れつつ無限の可能性を考え抜いていける人材こそが、事業立ち上げに欠かせません。
3.政治力
新たな事業を立ち上げるときに、周囲の協力を得られなければ実現が難しくなります。提案力はもちろん、周囲の協力を手にできる政治力も欠かせない能力だといえます。
組織で働くためには周囲の意見を調整したり稟議を通したりと、人を納得させることも大切でしょう。コミュニケーションによる信頼というタネを撒く力を鍛える必要があります。
4.リーダーシップ
イントレプレナーの取り組みを成功させたいなら、リーダーシップが欠かせません。リーダーシップとは周りの人たちを引っ張る力、そして物事を判断していく力を指します。
組織では適切な判断ができるリーダーがいなければ、足並みが揃わず思ったような結果を残せません。リーダーシップは進むべき方向を示し、効率よい企業活動を実現するために必要です。
5.精神力
イントレプレナーの育成は、中長期的な取り組みです。事業を検討する過程で、次に示すような壁にぶつかることもあるでしょう。
- 上司との意見の衝突
- 予定通りに進まない作業工程
- 周囲の社員にマイナス要因を生まないための調整
そのため、継続して目的に向かって突き進む精神力を鍛えることが大切です。
イントレプレナーの育成は同僚や上司など大勢の意見を聞きながら進める必要があるので、さまざまな選択や責任がのしかかります。これらの課題やトラブルを捌く際にはストレスも多いため、長く活動できる人材を適任していくのが良いでしょう。
イントレプレナーになるメリット
イントレプレナーになる社員は、責任やストレスが多いので大変なイメージがあります。一方で、事業立ち上げに効果を発揮するメリットもあるのをご存じでしょうか。社内でイントレプレナーを抜擢する2つのメリットを紹介していきます。
企業のノウハウ・人材・設備を利用できる
企業から独立して起業するアントレプレナーの場合、次の項目をすべて自分で用意する必要があります。
これに対しイントレプレナーは、企業がすでに持っている上記の項目を有効活用できます。通常だと時間のかかる準備も企業の力添えがあれば、効率よく成功に導くことができるでしょう。
また、協力会社など会社の人脈を使った事業検討も行えるため、開始ハードルを低くできるところも特徴です。
リスクを抑えられる
アントレプレナーになる場合企業との関係から切り離され、すべての活動を自分自身で行わなければなりません。資金やノウハウが不足して、起業活動が失敗することもあるでしょう。また、活動自体のリスクが大きいので、なかなか挑戦できない側面もあります。
一方、イントレプレナーになれば、企業のバックアップを受けつつ事業立ち上げを行えるため、学びと活動を同時進行できる魅力があります。その結果、リスクを減らしつつ新たな事業の立ち上げが実現できます。
イントレプレナーを育成する企業のメリット
前項ではイントレプレナーを獲得するメリットについて紹介しましたが、企業が独自でイントレプレナーを育てることには、どのようなメリットがあるのでしょうか。
イントレプレナーを育て上げる企業側が得る2つのメリットを紹介していきます。
優秀な人材を発掘・育成できる
イントレプレナーの教育は、まず社内の不特定多数の人材に対して実施します。教育内容は起業する目的や内容により異なりますが、主に前項で紹介した5つの資質を育てていくのが基本です。
小人数ではなく不特定多数の人材に教育を行うことにより、社員の中でも特に優秀な能力を持つ人材の発掘や育成へとつなげることができます。
中には、業務に対して優秀でも事業立ち上げの分野を苦手とする人材もいるので、母数を増やしつつ選出するのが望ましいでしょう。
未開拓市場の参入によって企業が成長できる
優秀な社員をイントレプレナーに選ぶことによって、新しい考え方を持った事業や未進出分野の事業立ち上げが実現できます。今まで自社ができなかった未開拓市場への参入にもつながるのです。
また自社で展開する事業が停滞していた場合、イントレプレナーを成長させていくことにより新規事業を生み出せるようになります。活発な企業活動の原動力として効果を発揮するところも魅力です。
イントレプレナーになるデメリット
イントレプレナーには、選出された人材に安定した環境で挑戦する機会を与えられるメリットが持ちますがが、デメリットがあることも理解しておきましょう。
ここでは、2つの項目に分けてイントレプレナーの社員を抜擢するデメリットを紹介していきます。
意思決定までに時間がかかる
イントレプレナーは事業の最終決定を企業のトップが行うので、意思決定までに多くの時間を必要とするケースが多いです。
イントレプレナーから担当部署、役員、トップと段階的な意思決定が必要になればなるほど、事業を進めるのに時間を要します。スピードを重視する事業立ち上げの場合は、計画の立て方や進め方に注意が必要です。
既存事業との両立が難しい
イントレプレナーには、新規事業の立ち上げに専念できる場合と既存事業のタスクをこなしながら合間の時間で新規事業の立ち上げ作業を行わなければならない場合があります。後者の場合は既存事業が忙しくなるとイントレプレナーとしての活動が疎かになり、両立するのが難しくなるでしょう。
事前にイントレプレナー・人事・経営者間で相談を行い仕事量を検討していかなければ、事業立ち上げが進まなくなるので注意してください。
イントレプレナーを育成する企業のデメリット
企業にとってイントレプレナーの育成には人材育成や企業成長のメリットがありますが、逆に人材支援におけるデメリットがあるのをご存じでしょうか。
ここでは、イントレプレナーの育成に伴い発生する企業のデメリットを2つ紹介していきます。
失敗したときの損失が大きい
大規模な新規事業の立ち上げを行うと、失敗時に大きな損失が出ることを理解しておきましょう。
イントレプレナーは、現場や実務のことを理解していても経営に関する知識は経営者に比べて劣ります。そのため、事業立ち上げはスモールスタートで始めるか、ツーウェイドアのように致命的な失敗を避けられる環境を整えておくことが大切です。
組織文化を変える必要がある
従来の保守的な企業活動を行っている会社がイントレプレナーを育成する場合、組織文化自体が変わります。イントレプレナーを主軸として、周囲の社員からの能動的な事業立ち上げのサポートが必要です。
組織文化を大幅に変更する必要があるため、企業で働く社員への認知活動も工夫しなければなりません
イントレプレナーを育成する3つのステップ
これから社内でイントレプレナーの育成を実施していこうと考えている人もいるでしょう。スムーズな育成を実現するためには、どのような手順で人材を育てていくのか知ることが必要です。
育成のステップは大きく分けて3段階あります。事前に内容を理解した上でイントレプレナーの育成に取り組んでみてください。
ステップ1:育成研修やセミナーを実施する
まずはイントレプレナーとしての概要や活動内容、今後どのような責任が加わるのかを社員に理解してもらうため、育成研修やセミナーを実施しましょう。
研修・セミナーの中では事業立ち上げの流れや他社の事例などの基礎知識を伝え、どのように新規事業が立ち上げられるのかを覚えてもらうことが大切です。
ステップ2:アイデアを活かす制度を運用する
社員が基礎知識を理解したら、次に実践編としてアイデアを活かす制度の運用を実施します。このとき大切なのは、事前にルールを決めておくことです。
場合によっては、恣意的な批判や排除が行われたり経営者による独断での取り決めが起こったりする場合がある可能性があります。
事業立ち上げの活動は段階的に実施し「〇〇で問題なければ次のステップに進む」など明確な基準を設けておけば、アイデアを無駄にせず新規事業の立ち上げが進められるでしょう。
ステップ3:新規事業立ち上げまでフォローする
イントレプレナーが採用されたら、新規事業立ち上げまでの期間は企業側でフォローを続けます。中には、この段階で放任する企業もあります。しかし、ときには予想もしないことでトラブルや損失が生まれることがあるので注意が必要です。
安定した新規事業立ち上げを実現するために定例会や月次報告会などを行いつつ、情報をフィードバックしていくことをおすすめします。
企業のイントレプレナー成功事例
すでに国内では複数の会社でイントレプレナーの制度が導入されている状況です。その中でも成功を実現した「森永製菓」「ミクシィ」の例を紹介していきます。
事例1:森永製菓
製菓会社として知名度を持つ「森永製菓」では、2013年の新井社長就任にあわせてイントレプレナーの制度が設けられました。
制度導入後、すぐに1人のイントレプレナーを選出し、東京駅にアンテナショップが設置されています。新商品が必要となるアンテナショップにも関わらず、1人のイントレプレナーを主軸として企業のバックアップがあったことにより、アンテナショップは成功を収めました。
事例2:ミクシィ
SNSや求人サイトを展開する企業として知名度を持つ「ミクシィ」では、新規事業創出を目的として社内に「イノベーションセンター」を設立し、イントレプレナーの育成支援を行っています。
イノベーションセンターではベンチャー制度の設計やルール作りの基礎を学ばせつつ社員を育成しており、この設立によって社員にイノベーションの意識を浸透できました。
その結果、ミクシィでは新たな子会社の誕生や事業創出が活発化しています。
イントレプレナーを目指す人におすすめの本2選
社員にイントレプレナーを目指してほしいと考える担当者もいるでしょう。しかし、知識やノウハウが不足していては、社員をイントレプレナーとして教育できません。
最後にイントレプレナーの内容を深く理解したい人向けに、おすすめの書籍を2冊紹介します。
おすすめ1:「新規事業の実践論」
リクルートホールディングスの新規事業開発室長である麻生要一氏が出版した書籍です。
1,500もの事業立ち上げの支援経験がある麻生氏の成功と失敗がつづられた一冊であり、新規事業立ち上げのノウハウを網羅的に学ぶことができます。
イントレプレナーのバイブルとしても有名な書籍ですので、初めてイントレプレナーについて学びたい人におすすめです。
参考:麻生要一「新規事業の実践論」
おすすめ2:「リーンスタートアップ」
アメリカの起業家であるエリック・リース氏が出版した書籍です。起業の中で実践や経験した経営戦略のコンセプトがまとめられており、どのようにして起業および事業の立ち上げが行われたのか把握できます。
また、事業の立ち上げに欠かせない知識や技術、ノウハウなどの要素にも触れられており、イントレプレナーの育成や新規事業立ち上げの手助けをしてくれるでしょう。
参考:エリック・リース「リーンスタートアップ」
まとめ
起業のバックアップを受けつつ事業立ち上げを実行できるイントレプレナーは、従来の起業家(アントレプレナー)に比べて少ないリスクで新たな挑戦ができる魅力があります。所属する企業に貢献できることはもちろん、社員の事業立ち上げのスキルを伸ばすことにも効果を発揮するのが特徴です。
また、優秀な人材を見つけだすことができ、新たなチャレンジによって企業を成長させるきっかけを手にできます。
イントレプレナー制度を検討中であれば最後に紹介した成功事例や書籍情報を参考に、実際に社内教育を始めてみてはいかがでしょうか。